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東洋女子高等学校
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本校は2010年
創立105周年を迎えました。

東洋女子高等学校は、1905(明治38)年に、仏教学者で、文学博士でもあった村上専精が創立しました。当時の校名は東洋女学校。西洋の文化を受け入れることが流行りごとのようにもてはやされていた時代に、専精には「まず何よりも、東洋文化を代表する女性としての教養を身に付けてほしい」との思いがありました。その信念は5つの言葉「天職」「中庸」「質素」「謙譲」「節操」となりました。

 
江戸時代の末期、丹波国氷上郡(現在の兵庫県氷上郡)の浄土真宗大谷派教覚寺に生まれた専精は、幼い頃から漢学の素養に優れ、独学で仏教の再興のための研鑽を重ねました。その真摯な取り組みが高く評価され、後に日本で初めて仏教の研究者として文学博士号を受けました。門下生からは著名な仏教学者を多数輩出しています。1905(明治38)年、本校を創立し、大正時代の末まで初代校長に。1929(昭和4)年に78歳の生涯を終えましたが、逝去に際し、天皇陛下から特旨叙位が贈られました。
 
 
創立当時の木造2階建て校舎。全部で8つの部屋を設けていました。この中には音楽室、料理室、裁縫室、教員室も含まれます。門の脇に見える垣根は「からたち」の生け垣です。
大正の最後の年、制服が和服から洋服に変わりました。タックの入った長袖ブラウス。上着はかぎホックでとめる形。帽子はフェルト地。洗練されたデザインが評判を集めました。
大正2年、課外授業として茶道と園芸が取り入れられました。大正4年の記録には「生徒数300名」の数字が残されています。上は当時の式服。卒業式の後のスナップです。
満州事変が起こった昭和6年。世相は徐々にキナ臭くなっていきましたが、学園にはまだ平和な空気がありました。校庭で9人制のバレーボールに興じる姿が写っています。
終戦後5年ほどが経ち、ようやく世相にも落ち着きが見られるようになりました。昭和25年には制服を新しくし、戦後初の同窓会を催すなど「再生」がキーワードとなりました。
 
100年の昔、女子教育の環境が充分には整っていなかった時代に、
専精は無私の心で、勉学を志す女子に門戸を広げました。
建学の精神は、ここに込められ、今に受け継がれています。
天職- 女子は天職の男子に異なるものあるを知りて其の実行を怠る勿れ
中庸- 女子の通弊は極端に走るにあることを知りて百事其の中庸を逸する勿れ
質素- 衣服髪飾等すべて質素を旨となし虚飾奢侈(きょしょくさし)の流行に走ること勿れ
謙譲- 男女同権の意味を誤解して傲慢の式に陥り謙譲の美徳を失すること勿れ
節操- 女子の生命は一に節操にあることを自覚して須臾(しゅゆ)も之を忘れること勿れ
 
 
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