理系か文系か?

 先日、1年特進クラスのロング・ホームルームで「理系選択とは?」というテーマでお話をしてきました。1年生は2年に進級すると理系・文系に分かれるので、選択のアドバイスとして「理系or文系」の話をしたわけです。

 

私は理系だったので、私の例を引き合いに出して選択過程の話を始めました。

 

元々、小学生の頃から工作が好きでした。学校から帰ると近所の雑貨屋で大きな厚手のボール紙を買ってきて、作りたい模型の完成図をイメージして展開図を書き、ハサミで切り抜き、プロペラや輪ゴムなどを推進力にしてオリジナルの動力模型?を組み立てて喜んでいました。授業では図画工作が大好きで、絵を描いたり木工をしたりするのが楽しかったこと。そして、カンナやノコギリを使う大工さんは「凄いなぁ」と思ったこと。などなど小学生の頃から物づくりへの願望がありました。算数は計算が速くて正確だったこと(もちろん毎日加減乗除の筆算トレーニングはしていましたが・・)や中学・高校の数学は1年先の教科書を勉強していたことなど理系へ進む下地は昔からあったようです。

 

したがって、高校に入学した時点で自分は理系、将来はエンジニアと決めていました。  「好きこそ物の上手なれ」と言うように、興味関心のあるものを基本に将来の自分をイメージして文理志望の選択をすることが望ましいと思います。「安易に就職が有利だから」「卒論が無いから」もっと酷いのは「大学で遊べるから」などのような理由だけで決めるのは将来必ず後悔します。自分の一生を左右する選択だと肝に銘じて判断してください。

 

次に、今までお話したことと相反するように聞こえるかもしれませんが、私自身は文系、理系と切り分けることには違和感を持っています。大学受験を意識した場合には、やむを得ないことだとは思いますが、大学を卒業して社会人として仕事に就いたら、文系理系を意識することは、かえってマイナスになると思います。

 

何故なら仕事は一人で出来るものではなく、必ず各部門や大勢の人たちの協力が無ければ上手くいきません。そこにはコミュニケーションがあり適切なマネージメントが不可欠になります。また、顧客折衝やプレゼンテーション能力なども必要になっていきます。このように理系のエンジニアとして仕事についても、文系的な能力を仕事の中で身につけていかなければ生きていけません。そして、このことが社会人としての成長にも繋がると思います。

 

私はエンジニアから教育の世界に身を転じてきました。この世界は理系と言うよりは明らかに文系の世界です。しかし、かつてエンジニアとして学んだ専門的な思考過程だけでなく、マネージメントをはじめとする文系的な能力も勉強し実際の現場で経験してきたことが今大いに役立っているわけです。

 

皆さんも文理の垣根を乗り越えなければならない時が必ず来ます。そのときは勇気を持って挑戦してください。その後には新しい世界が開けているはずです。

 

それでは、今日もお別れに一曲お送りします。秋の夜長は月が一際輝いて見えます。そこで、今日はお月様に因んだ曲を選んでみました。

 

その名もずばり"MR.MOOMLIGHT"。ビートルズがカバーしたことで一躍有名になった曲です。私が小学生の頃、1966年にビートルズが来日しました。その武道館公演はTVで放映されましたが、冒頭のドキュメンタリーの部分で早朝の無人の首都高速をビートルズの乗ったキャデラックが疾走する中、この曲がいきなり流れてきたわけです。したがって私たちの世代は、ビートルズというと"MR.MOOMLIGHT"を真っ先に連想するわけです。私も中学生の頃、一番聴いた曲がこの"MR.MOOMLIGHT"で、出足の「ミスター・ムーンライト」と絶唱するところはゾクゾクしながら「かっこいい!」と心ときめいたものです。今でも時々この今日の入ったLPレコードを引っ張り出しては聴いています。

 

"MR.MOOMLIGHT"

 

Mr. Moonlight

 

You came to me one summer night

And from your beam you made my dream

And from the world you sent my girl

And from above you sent us love

 

And now she is mine, I think you're fine,

'cause we love you, Mr. Moonlight

 

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それでは、秋の夜長は読書をするもよし、思いにふけるのもよしですが、勉強もしっかりして実り多き秋にしてください。またお会いしましょう。お元気で!

東洋女子高校の暑い夏

 皆さん、お久しぶりですが元気でいましたか?もうすぐ9月に暦も変わりますが、連日の猛暑で私は少々グロッキー気味です。

 

さて、今日は東洋女子高校の暑い夏について紹介します。本校は7月21日から夏休みに入りましたが、早速7月26日から5日間のクラブ合宿がありました。秩父と山中湖の2箇所を拠点にした運動部と学芸部の合宿です。今年は天気にも恵まれたようで、屋外組は真っ黒に日焼けをして帰ってきました。夏の大会を控えているので、熱のこもった合宿でした。

 

次は、中一日をおいて勉強合宿が始まりました。1,2年の特進・準特進クラスを対象に5日間の合宿です。127名の生徒と18名の教員が4台のバスに分乗、一路研修所に向かいました。昼前には無事到着、開校式では私から5日間の合宿の心構えをお話ししつつ、気合をたっぷりと注入しました。

 

英数国3教科を60分/90分授業で、一日4コマ、その合間は自習時間で予習復習、質問など個々人のペースで使います。個々の授業は特別に準備した教材を使い、5日間完結型で進めます。

 

時間割は朝6:30の起床から夜11:00の消灯、就寝まで勉強漬けです。もちろんテレビも携帯もない毎日になります。自宅ではとても出来そうもないスケジュールですが、この合宿ではクラスメートが隣にいて先生と一緒に勉強するので、いつしかこの環境に溶け込んでしまうようです。それは、生徒の顔をみれば直ぐ判ります。辛いときもあるとは思うのですが、皆笑顔で溌剌と勉強をエンジョイしているかのようにも見えてしまうからです。

 

したがって、この合宿は5日間の成果を期待するより、むしろ勉強のやり方やペース配分などを身につけることに重点を置いています。つまり、この経験は後期からの自学自習、そして必ずやってくる受験勉強に役立つと考えているからです。

 

一方、部活は夏の大会に参加しました。今年は、チアダンス愛好会が「全国高等学校ダンスドリル選手権大会」で地区予選を勝ち抜き、見事代々木体育館での全国大会に出場しました。私も応援に駆けつけましたが、他のどの学校よりも大きな声で、はちきれんばかりの笑顔を振りまき、精一杯の演技をする姿が印象的でした。演技の後の拍手も一際大きく、観客を大いに魅了したと思います。創部3年目で全国大会まで進んだことは、生徒の並々ならぬ日々の練習の成果であり、大きな自身を持ったことと思います。

 

次は吹奏楽部です。吹奏楽部は「東京都高等学校吹奏楽部コンクール」に出場し、今年は見事に「金賞」を射止めました。私は毎年のように会場で演奏を聴いていますが、今年はいつもと違っていました。何が違っていたかというと演奏が始まる前の気合です。生徒の指揮者の指揮棒を見る目が、例年と違って気迫に満ちていました。また、個々の生徒の楽器の音色が澄んでいて美しいことにも驚きました。最後まで一糸乱れず演奏しきった時は、今年は「金賞」と確信させる見事な演奏でした。

 

一方、校内では8月上旬と下旬に各々1週間ずつ、校内補講・補習が行われ、勉強合宿組に負けまいと一生懸命勉強していました。3年生は教室が開放されているので、受験勉強を校内でしている姿も見られました。さらに、各学年とも3者面談を行い、進路指導を中心にお互いの考え方の整合をはかっていました。

 

このように40日間の夏休みは、生徒も学校も日頃やりたくても出来ないイベントをこなしていくので、決して楽な休みではありません。それでも生徒の満足した笑顔を見ると、先生たちの疲れも吹き飛んでしまいます。例年のことながら、生徒も先生も本当にご苦労様でした!!まだまだ、お話したいことはたくさんありますが、書ききれないので今日はこれで終わりにします。

 

そこで、いつものように一曲お送りします。今年の夏は異常に暑かったので、太陽をイメージしてみました。そこで真っ先に思い浮かぶ曲と言えば、アラン・ドロン主演の不朽の名作「太陽がいっぱい」ではないでしょうか。1960年に公開された仏・伊の映画ですが、アラン・ドロンの魅力もさることながら、ニーノ・ロータ作曲の主題曲「太陽がいっぱい」は世界中で大ヒットしたそうです。私は1970年代に入ってから、この映画を観ましたが、映画の中身よりもこの哀愁に満ちたニーノ・ロータの旋律が強烈で、今でもそのときの興奮が蘇ってきます。皆さんもイントロを聴けば直ぐに判る名曲です。この曲に乗って、過ぎ行く夏を惜しみつつ、これからやってくる実りの秋に向けて大きくジャンプ・アップしてください。

 

それでは、またお会いする日までお元気で!

メール

今日はメールについてお話します。携帯やパソコンでのメールのやり取りが日常化した現在ですが、皆さんは上手にメールを使っているでしょうか?また、プロフやブログなどで知らず知らずのうちに人を傷つけるようなことはしていないでしょうか?

 

メールはうまく使えば、これほど便利で重宝する伝達手段はないと思っています。同時に、これほど危険な伝達手段はないとも思っています。メールのよさは、その簡便性、利便性にあるわけですが、文字以上に大切な心が伝わるかどうかとなると疑問です。

 

単なる報告や告知レベルの話であればメールで充分ですが、込み入った話は無理です。何故なら面と向かって言えないことでも、メールだと自分の思っている以上に過激なことを書いてしまうからです。会話でもお互いに我を張り合っていると話が噛み合いませんが、メールはそれ以上に自分を主張し、相手を非難する傾向になってしまいます。つまり、「話し合い」や「議論」にならないからです。

 

人と人との会話とは、心と心を通わせるのが目的です。そのためには、相手の目を見ながら相手の心情も推し量り、言葉を選びながら話を進めるものです。ですから、自分本位の発言は少なくなり、相手を思いやる気持ちも生まれてくるものです。

 

一方、メールは相手が見えないので、どうしても自分本位の一方的な話になってしまいます。その言葉はもはや凶器と化していることもありますが、当事者には見えてきません。でも、相手はその凶器に化した言葉で苦しむわけです。

 

メールの使い方については、先ずメールでいいのかどうかの判断が必要です。つまり、相手の状況や内容をよく考えて使うことと、むやみやたらにメールに頼らず出来る限り自分の言葉で相手の目を見て伝える会話を優先するように心がけてください。

 

最近よく耳にするのが、今の若い人はコミュニケーションが取れない、人と面と向かってまともな話ができないと言われます。これは、携帯やパソコンのメールによる弊害だと思います。コミュニケーションとは言葉が行き交うことで心が通じ合い、最終的にお互いの理解が深まることで、両者が納得できるレベルに引き上げられることではないでしょうか。

 

是非もう一度、自分のメールの使い方について振り返ってみてください。きっと、反省すべきことが見えてくると思います。

それでは、今日も最後に1曲お送りします。メールが話題だったので、ずばり「Please Mr. Postman」を紹介します。この曲は、1961年に米モータウンのグループThe Marvelettes」が歌って大ヒットしたとのことですが、私は"ビートルズ"や"カーペンターズ"が後にカバーしたバージョンが心に残っています。内容は可憐な乙女が、彼からの手紙を心待ちにしている様子を「郵便屋さん、バッグの中をよく見てよ!」という具合に、切ない乙女心を歌っています。今なら携帯を握り締めて返信メールを待っているということになりますが、毎日1回しか来ない郵便屋さんを待つ気持ちの方が、より強く皆さんの琴線に触れませんか?

 

Please Mr. Postman

 

(Stop)
Oh yes, wait a minute Mister Postman
(Wait)
Wait Mister Postman

Please Mister Postman, look and see
(Oh yeah)
If there's a letter in your bag for me
(Please, Please Mister Postman)
Why's it taking such a long time
(Oh yeah)
For me to hear from that boy of mine

     ・・・・・・・・・

 

たまには絵文字ばかりのメールでなく、肉筆の心のこもった手紙を書いてみてはいかがですか。それでは、またお会いしましょう。お元気で!